院長ブログ
私のメンター達、冨士森良輔先生
昨年末の台湾形成外科学会(TSPS)では3つの講演を依頼されたのですが、いずれも学会側から講演のタイトルを指定されたものでした。こういう指定はとても珍しいことで、ほとんどの場合、大体このようなテーマで講演をお願いしたいが、具体的にはどういうタイトルにしますか?ご指示くださいというようなことで依頼が来ます。今回は本当に異例で、3つの中の一つのタイトルはMentorship and Skill Development in Aesthetic Surgery というものでした。Mentorという言葉はあまり一般には使われない言葉かもしれません。要するに先生というより指導者、よき指導者、あるいは師匠などとも訳すことができるような言葉です。台湾形成外科学会の希望としては私自身が美容外科の指導者としてどのような方法を取ってきたかということを話してほしかったそうです。でも、あらかじめ講演の打ち合わせとして、私自身は本当に多くの良き脂肪者を求め続けた結果、実際に多くのメンター達に恵まれて、自分が育ってきたという感覚があります。少しでも多くのメンターを探す努力も必要ということを講演では話しておきたいと説明をして、講演では私が今まで出会った多くのメンターについて話しました。講演のプレゼンを作ってみると実に多くのメンター達にお世話になったなあと自分でも驚きました。せっかく台湾での講演のために古い写真を探したり、懐かしい写真を引っ張り出したりしましたので、ここで私の出会った多くの素晴らしい私のメンターの先生方を紹介しておきたいと思います。
まず私が最初に形成外科の研修を開始したのは京都大学病院の形成外科でした。この時はまだ形成外科が講座にはなっていなかったので、当時は形成外科の教授は不在でした。形成外科チームのリーダーだったのが冨士森良輔先生です。当時、京大病院では火傷、外傷、皮膚がん、顔の先天奇形、皮膚腫瘍、あざなどの治療がかなり多く、当時日本で一番美しい再建手術を行えるという名声が日本中で評判だったので、外来の診察に出ていて、新しい患者さんが来院されて手術の予約を入れられると、この患者さんの手術は大体3年くらい先に予定が入るという状況でした、もちろんがんや新鮮熱傷などのように緊急性があるものが優先されていましたので、それ以外の緊急性のない病気については大体3年ほど待ってもらってやっと手術の順番が来るという状況でした。
そういう美しい再建手術を多く行われていたのが、この冨士森先生でした。指導はとても厳しいもので、火傷でひきつったケロイドなどの治療については皮膚にどのようにメスを入れてほしいか、皮膚にいつもいつも聞いていれば、いつか正しい答えを皮膚が教えてくれるようになるというような指導でした。手術後の管理なども手術の一部であり、圧迫固定やテーピング、ときには各種の装具やコルセットやスポンジなどの使用も大切でこのような手術後の努力があって、初めて美しい永久的な結果が得られるというような考え方や多くの財産を彼から受け継ぎました。
投稿者:megaclinic
インドネシア形成外科学会前会長テディープラテシオノのご家族
インドネシアの前回の形成外科学会の会長をされたテディーは日本が大好きな方なので、時々来日されます。その際に大阪や京都に来られる時は大体いつも一緒に食事をしています。今回は年末から北海道や高山、名古屋などを観光された後に大阪に来られました。あらかじめ連絡をもらっていたので、今回はご一家のご希望もあったので和食のお店を予約して食事を楽しみました。
何度もご家族とはあっていますが、息子さんもお嬢さんもよその子供って、本当に成長が早いですよね。急にまた大きくなられたようで、食事の量が全然足りなかったのではないかなあとあとからとても気になってしまいました。奥様もお医者さんで、彼女は婦人科なのだそうです。テディープラテシオノは形成外科では手の外科医で、そのほかいろいろの美容外科の手術もされています。いつも国際美容外科学会や東洋美容外科学会でインドネシアの代表として大活躍されいてる方なので、アジアではとても頼もしい医師です。
かつて国際美容外科学会ではアジアからの会長としては私を含めて3人の医師が会長になっています。ただ、この3人全員が日本人なのです。私の夢は次のアジアからの会長は日本以外の国の医師になってもらいたいということです。テディーも強力な候補だと私は思うのですが、なぜか投票の結果はアジアの医師への世界からの投票数が集まらないので、落選が続いているという結果になってしまっています。写真は大阪のある和食のお店でのご家族の写真です。
投稿者:megaclinic
ハグについて
日本ではハグという習慣はありません。でも外国では普通によく目にする光景です。今は私も慣れてしまって外国では普通に挨拶としてやっています。ただこれには私もしまったと思うような経験があります。私自身、日本生まれの日本育ちなので、外国のハグという挨拶は最初はなじみがなかったわけです。
いつからか、特に国際美容外科学会(ISAPS)の講習会での講演や各国の美容外科学会、形成外科学会などから招待講演を依頼されて、あちこちの国に行くことも多くなり、そういう中で世界に次第に親しい友人が増えてきたわけです。私が初めて、国際美容外科学会の講習会(ISAPSコース)で講師としてデビューしたのはフランスのパリでした。パリコースのタイトルは世界のISAPSのベスト美容外科医(From the Best of ISAPS)というタイトルでした。3日間の講習会でしたが、ここで当時ISAPSの会長だったトムビッグスというアメリカのドクターと4−5回目にあったように記憶しています。毎回彼の奥様も一緒だったので、奥様もよく知っていました。パリでご夫妻に久しぶりにお会いした時に彼の奥様が笑顔で私にすごく接近してきて、もう抱きつかれる?と思ってしまったのです。それまでハグという経験が一度もなかったので、とっさに私はびっくりして一歩後ろに下がってしまったのです。ほぼ同時に私はあ、しまった、今のハグだったんだと気づきましたが、奥様もはっとされて、あ、日本人はお辞儀をする習慣だったのだと気付かれたようでした。その時はさっと下がられて、握手だけをされました。その場で私はなんて失礼なことをしてしまったのだろうと後悔、後悔でした。それ以後外国では親しい人は男性でも女性でも、とにかく何度も見たことのある友人は男女を問わず、ハグをするようにしています。これはわりに欧米では大切な礼儀のように思います。
余計な話になりますが、男性同士でもハグはやたらにやっています。その中でときには私の頬にキスをする男性医師もおられます。女性からはほとんど私の頬にキスまでする方はありませんが、男性では世界に3人はおられます。もう熱烈に強く抱きしめてキスをされる男性医師は、アルゼンチン、オーストラリア、ギリシャに一人ずつおられます。中でもオーストラリアの先生(現在国際美容外科学会の理事の一人です)はヒゲがあるので、ヒゲのある人が頬にキスをすると、こちらもかなりチクチクするのだなあと生まれて初めて変な経験をしているわけです。思い切り男同士が抱き合って顔を引っつけてキスまでするのは、なんと言いますか、日本ではちょっとこわい光景かもしれないです。どういうご関係?みたいな、、、。でも3人とも皆さんすごく優秀で、きれいな手術をされて、ほがらかでいい人なんですよ。
投稿者:megaclinic
直美という問題について
最近直美というのだそうですが、大学を卒業してすぐに美容外科、特に大手の美容外科に就職して、そのまま美容外科医になろうとする医師が急増しているという話を聞きます。本来、医師として成長するためには、大学を卒業して国家試験を受けて、その後は研修期間があって、この間に外科や救急などの短期間の研修を受けて、その後は自分がなりたい医師、たとえば内科や整形外科などの研修医や医員としてどこかの病院などで指導医からあれこれ指導してもらいながら、成長していくことになります。これらの通常の成長を経験する医師たちはその間とても安い給与で働いておられるわけです。私も形成外科を15年間やっていましたので、その間大した給与はもらっていませんでした。ところが直美に走れば、一部の大手の美容外科などでは年収2千万円などとも言われていますが、こういう収入が大学を卒業してすぐに得られるというのが直美の問題の主な原因だと思います。
普通は美容外科医になろうとすると、まず形成外科でいろいろの再建手術を経験して、基本的な傷の経過や対応を学び、形成外科の経験が4-5年経ったところで日本形成外科学会の専門医資格を取るための試験を受けます。これに合格してはじめて形成外科専門医の資格が取れるわけです。日本美容外科学会(JSAPS)や国際美容外科学会(ISAPS)の会員になるためにはこの日本形成外科学会の専門医資格がないと会員にはなれません。ただ残念なことに日本にはJSAPSと同名の日本美容外科学会があり、こちらは区別するためにJSASと表記されています。こちらの学会は形成外科学会の専門医資格がなくてもすぐに学会の会員になることができます。ここで会員になった美容外科医は簡単にそちらの学会の資格である日本美容外科学会専門医という資格がもらえます。これってJSAPSと同じ名称なので一般の方には区別ができないので、ややこしいですよね。
形成外科の十分な経験がない医師は美容外科医になっても、万一合併症が起きた場合、この再建手術、つまり修正はできないことがほとんどだと思います。また二重まぶたを作る切開法とか、脂肪注入でいい結果を出すのはかなり難しいことなので、このような研修もないままになってしまいます。最近成長因子による合併症も多発していますが、これは脂肪注入でいい結果を出すことができない医師にとっては、単純に成長因子の注射で注射部位の脂肪が膨れてくれるので、とても簡単な治療になるわけです。これでかなりの収入を得ている医師もおられるようですが、成長因子の問題はしこりができたり、脂肪が膨れるのをコントロールできないことです。異常なふくらみやしこりができたり、凹凸ができたり、傷みやかゆみで苦しんでおられる方もとても多いわけです。直美に走った技術のない医師にとっては他にも非吸収性の物質の注入による豊胸手術や成長因子などの安易な治療に走ることも多いかと思います。これらを安全で簡単な方法などと広告をするような医師がいつまでたっても減らないということになりそうで頭の痛いことです。
今後さらに別の問題は、美容外科医が多くなりすぎて、現在の韓国のように新しいクリニックができる一方で、廃院になるクリニックも多くなったり、美容外科医が多すぎることで美容外科医として仕事がなく、中国に移住するような韓国の韓国美容外科医も多くなっているのですが、このような状況が日本でも将来起きてくるのではないかと、とても心配になっています。一方で日本の田舎では医師が不足していたり、将来日本はどうなるのでしょうねえ。
投稿者:megaclinic
サブシジョンという手術について
サブシジョンという新しい手術方法はまだ世界でも日本でもほとんど行われていない手術だと思います。へこみのある傷などの修正には新しい
傷を残さずに修正ができる方法なので、当院ではもうかなりの症例の経験があります。基本的に行うことは細い注射用の針の先端を使用して
へこみのある傷の直下を剥離します。うすいペラペラの皮膚がこれで浮き上がります。へこみが平坦になるわけですが、その直下は空間になる
わけです。その空間に脂肪をすこし入れて支えにするわけです。手術後は3ヶ月間、できれば一日24時間ずっとテーピングを続けてもらいます。
この管理がとても大切な管理になります。これができないという方もありますので、そういう場合は、在宅時のみなるべく長い時間テーピングを
してもらいます。3ヶ月後が仕上がりになりますので、この時点でまだわずかのへこみがあるようなケースは再度微調整をすることがあります。
このような方法を行うことで永久的にへこみが平坦になって治るわけです。今までに当院で行ってきたケースは目頭切開によるへこみ、ニキビあとの
へこみ、ほくろの除去後の陥没、水ぼうそうのあと、二重まぶたの切開法のラインの食い込み、下まぶたリフトの傷のへこみ、他院での顔のなんらか
の手術の傷、鼻のプロテーゼの感染によるへこみのある傷などです。新しくメスをいれたりしないで修正ができますので、余分な傷が全く残らない
方法としてとてもいい方法だと思っています。皆さまがよく理解できるように目頭切開でできたへこみの修正例の写真を出しておきます。
-
術前
-
術後
投稿者:megaclinic
ノーベル平和賞
今年のノーベル平和賞は日本被団協が受賞されました。原爆の被害は悲惨なものだったようで、亡くなられた方も多いわけですが、助かった人であっても後遺症などで一生苦しんでいる方も多いわけです。原爆という言葉で一番に思い出したのが、私が大阪赤十字病院形成外科に3年間勤めていた時の私の患者さんのことです。原爆症という病名だったように記憶しているのですが、私の患者さんの一人がこの病気でした。広島で被爆されて、全身にやけどのあとやケロイドのあった患者さんで、顔も広い範囲の傷があって変形もあるので、皮膚の移植をすれば、かなりきれいにできるのに、、といつも思っていました。でも全身に火傷のあとがあるので、きれいな皮膚を採取できる部位がなかったのです。それで時々ケロイドが出血したり、赤く腫れてきたり、痛みが出たり、痒くなったり、とにかく治療としては内服薬や軟膏やステロイドの注射などしか方法がなく、ご本人も私もつらいお付き合いでした。
日本被団協の活動は原爆の悲惨さを世界に伝え続けることと、この世界から核兵器を廃絶することになっていますが、この団体がノーベル平和賞を受賞されるということを知りました。受賞の際にこの代表が演説をされるというニュースをみて、この講演は絶対に聞いておかなければと思い、NHKのノルウェーのオスロからの中継放送を聞いていました。代表者である田中さんという90歳を超える方が講演をされて、その中でご自分が長崎で被爆されたことを話されていました。ご本人は爆発のあった瞬間、すごい音と共に白い光が通ったのを見て、それから意識がなかったのだそうです。しばらくして、気がついた時はガラス戸の下敷きになっていて、それで命が助かったのだそうです。その時に亡くなられた家族と、しばらく苦しんで、その間何の治療も受けることなく亡くなられた身内の方など合計5人の家族を亡くされたのだそうです。この悲惨な体験を話されている間、私は涙が止まりませんでした。その後も放射線被爆者という周囲の目があり、生活苦、いじめ、差別、なども経験されたそうで、本当にお気の毒な人生だったと思います。またこの方の講演ですごいと思ったのは堂々と日本政府を批判されたことです。戦争を起こした責任はどこにあるのか、なんの罪もない人がたくさん亡くなられたのに、この方々に国は何の補償もしなかったと激しい言葉でした。日本政府を激しく非難するこの言葉を聞いていて、世界が聞いているこの場でよく言った!と感動でした。自分の後ろには苦しんで亡くなって行った多くの人がついているという、本当にそういう人たちに代わって語っているだという素晴らしい講演でした。本当にこの演説は心に刻んでおきたいと思って、ユーチューブでもう一度見てしまいました。講演が終わった後、会場のみさなんが全員立ち上がって、拍手がいつまでも止まらないような素晴らしい演説でした。
この団体をノーベル平和賞の選んだ選考委員会にあっぱれ!そして立派な講演をされた田中さんにあっぱれ!です。本当にこの日本被団協の活動は素晴らしいです。世界から核がなくなり、もう二度と戦争のないそんな日が来るのでしょうか?久しぶりに泣きました。
投稿者:megaclinic
台湾の教授たちとの夕食会
学会の最終日は台湾の親友であるユーレイチェン教授や今回の私の招待でいろいろやり取りをしていただいたチャンガン病院の
ルークリン教授、さらに今回学会の会長をされたチフンリン教授などと一緒に夕食を楽しみました。とても豪華な夕食会でいろいろ
美味しいものをごちそうになりました。大体学会の通常の懇親会では学会の予算もありますし、いろいろ制限のある状況なので、
食事もお酒もまあ、そこそこのレベルのものが出るというのは、これはもう世界共通ですよね。でも、最終日のこの夕食会は
本当に素敵なレストランに招待をしてもらいました。初めて、台湾にもすごく美味しい中華料理があるのだなあとびっくりしました。
せっかくなので、しっかり写真を取らせてもらいました。ここでもお見せしておきたいと思います。うっかりして
一部の写真を撮り忘れてしまったのですが、写真は順にからすみ(これはよく日本でも出ますよね)、しじみのスープ
(これは初めて食べました。今までこういう味のしじみって経験がありません)、チキンスープ(ドロっとしていて、すこし
ごま油で煮込んだような、、)紹興酒(多分かなり高価なお酒だったような気がします。香りがすごくよかったです。
日本では紹興酒って時々お砂糖を入れて飲みますが、台湾でその話をすると、皆さん、え???みたいな顔でした。
台湾ではそのまま飲むか、梅干しを入れるのだそうです。試しに、梅干しを入れてもらいました。お砂糖をいれた時と同じで、
すこし甘くなります。意外でした)、エビとかぼちゃとナッツのフライ(これはすこしうっとりするくらい美味しかったです)、
ホタテの炒め物(これは日本でよく食べる味とほぼ同じ味です)、カキフライ(日本のカキよりすこし小さいですよね)、
野菜いため(何を食べたのか不明ですが、台湾ではヘチマを食べるんだそうです。この中に入ってますかね?)、
カニご飯(これは絶品でした。立ち上がって拍手をしたいくらい、、、)、海鮮ヌードル(これも日本でおなじみの
味でした)、最後のデザートはうっかりして写真を撮るのを忘れてしまいました。梅干しをいれた美味しい紹興酒を飲んで
騒いでいたもので、、。つばめの巣入りのココナッツミルク、これはかなり珍しい味でした。何と言うか、すごーく上品な味に
なるのですねえ。つばめの巣ってねえ。そんなものを入れてくれなくてもいいのに、、、、。
投稿者:megaclinic
台湾形成外科学会、最終日特別講演
台湾形成外科学会の特別講演として私が講演を行うノルドフレクチャーが学会の最終日に開催されました。あらかじめ私が依頼を受けていた講演のタイトルはMentorship and Skill Development in Aesthetic Surgery というものでした。日本語ではリーダーシップと美容外科手術の技術習得というような演題名になるかと思います。このタイトルの連絡をもらった時に、台湾形成外科学会の組織委員会からは私が国際美容外科学会で会長や手術指導を担当する教育委員会のチェアも経験しているので、そういう経験から若い形成外科医にとって参考になる講演をお願いしたいというようなことでした。でも、なかなかこういう話って45分も話すのって難しいですよね。いろいろ悩んではみましたが、学会からの希望もありましたので、なるべく国際美容外科学会がどのように活動をしているか、具体的に世界の若い美容外科医にどのような指導を行なっているかなどを、自分の経験を含めて、多くの話題を提供しておきました。会場で聞いておられた参加者の方は参考になりましたかねえ?私としてはベストを尽くしたつもりですが、、。会場からは面白くない、帰れーというような声もなく、生卵を投げつけられるようなこともなく、講演終了後は多くの拍手もいただきましたので、まあ、なんとか無事にできたのかなあと思ったりしています。当日の写真を出しておきます。講演終了後は、台湾形成外科学会ノルドフレクチャーの盾をいただきました。クリニックの棚がいっぱいなので、どれかをどけて、新しくこれを飾っておきます。
投稿者:megaclinic
台湾形成外科学会ー懇親会
台湾での形成外科学会の初日は懇親会が開催されました。日本の形成外科学会の懇親会というと、会長の長い挨拶があって、その後は大体プロの歌手の方が出てきたり、ピアノやバイオリンなどの演奏があったり、たまには踊りなどもあるわけですが、台湾の学会の懇親会はもういきなりカラオケ大会でした。チャンガン病院での私の歓迎会も皆さん全力でカラオケ大会でしたので、台湾ではほぼこういうスタイルになっているのでしょうか?カラオケも次第に台湾の各大学形成外科医局対抗歌合戦みたいな感じでした。日本と全然違うなあとびっくりしたのは、どの大学も教授が必死で歌っておられるのです。医局員もそれに負けじと大声でとにかくすごい熱気でした。中にはもう汗だくになって歌っていた医師もおられて、カラオケで汗びっしょりになるって、日本ではほぼ見たことがないですよね?まあ、皆さんよく食べて飲んで歌って、、、いつまでも終わらないので、翌日の私の特別講演のこともあったので、そこそこで引き上げました。ホント、降参って感じでした。夜の何時まで続いてたのでしょう??カラオケで盛り上がった懇親会の写真を出しておきます。すごい雰囲気、わかりますか?
投稿者:megaclinic
台湾形成外科学会ノルドフレクチャー
ノルドフ教授という台湾の形成外科の歴史に残る教授がおられます。アメリカのキリスト教会の派遣で、アメリカのアイオワ州から台湾に来られて、台湾の特に形成外科の発展に生涯を尽くされた方だそうです。台湾形成外科学会の創始者の一人で、同時にチャンガンメモリアル病院の形成外科を創設されたので、台湾形成外科の父のように言われておられます。台湾形成外科学会では毎年この教授の功績を称えるために世界から一人だけノルドフレクチャーと言われる講演を依頼して、台湾形成外科学会に講演のために招待されているようです。この連絡が今年の夏に私に来たわけです。あらかじめこういうタイトルで講演をお願いできないかというような話でした。もし承諾いただけるのであれば、せっかく台湾に来てもらえるので、ついでにチャンガンメモリアル病院で客員教授として講演、診察、手術方針の討論、医師とのディスカッションにも参加してもらえないか?さらに台湾形成外科学会でもう一つ別に講演をしてほしいというような内容でした。
とても名誉なことですし、台湾の形成外科や美容外科にも知り合いの医師もたくさんおられますので、そのまま引き受けることにしました。このノルドフレクチャーは今回で23回目だそうです。過去には私が形成外科の教科書として読んでいた著者の先生も講演の歴史の中に入っています。第1回の講演をされたロングエイカー先生(USA)や第3回の講演をされているゴールドウィン先生(USA)などはあまりにも有名な先生方です。日本人では私が二人目になり、一人目は2005年に永田先生(小耳症の手術の開発者で世界的に有名な先生で、耳の再建手術のスペシャリストです)がこのレクチャーをされています。
歴代のすごい先生方のあとを汚すことのないようにレクチャーは本当に頑張って準備しました。ただ自分で話したいことではなく、台湾形成外科学会から、今回はメンターシップ(リーダーシップ)と美容外科の技術習得というような、何を話せばいいのかなあ?と考え込んでしまうようなタイトルをもらいました。台湾形成外科学会の準備委員会の先生方とも相談して話す内容を絞っていきました。いつも世界のあちこちで講演する内容は手術手技についてのものばかりたったので、今回はすこし戸惑いながらのプレゼンの準備でした。なんとか今は無事に終わってほっとしています。
投稿者:megaclinic