月別アーカイブ
ニードルサクションについて…患者様からのメール
ニードルサクションは私が開発してきた治療です。当初は新しい試みなので、試行錯誤があり、すこしずつ改良を重ねて現在の方法に至っています。かなりいい成績を出せるようになったと思っていますが、細かい点でさらに研究中のテーマがあります。ただ、成長因子でできたしこりや膨れ過ぎた脂肪、あるいは脂肪注入で膨れ過ぎた部位をキズあとなしに治療できる確実な方法が今までなかったわけなので、それが可能になったという点ではいい方法が開発できたと思っています。私のある患者さんから以下のうれしいメールをいただきました。
高柳先生、この御礼は、ブログなどに引用いただいて構い
ません。先日、ニードルサクションをしていただいた者です。術中は、丁寧に均質にアプローチいただき本当にありがとうござい ました。まだ腫れ等は、ある段階ですが、自分の肌が正常に近い状態に戻っ たことを感じており、大変に満足しています。絶対に治ることはないと思っていましたので、このような減量方法 を、編み出してくださった先生の試行錯誤、難しい修正治療を引き 受けてくださったこと、丁寧に均質にアプローチいただいた施術内 容に、本当に感謝しております。このような素晴らしい技術は、もっと広まるべきと感じましたので 、勝手ながら、口コミサイトにも、以下のような点をレビューとし て書き込みました。
ーーーーー
ニードルサクションについて、受ける前に自分自身が感じていた疑問に対して、実際に受けてみて感じたこと
疑問1●減量されるのか
→されます。術後、取り出した細胞を見せていただきました。だいたい思っていた量でした。
疑問2●複雑な形状への対応可能なのか
→事前に、かなり複雑なマーキングをしていきました。 術後の内出血の形が、ぴったり、そのマーキングと一致していました。 ニードルサクションは、ほとんどどんな形にも対応できるのではな いか、と思います。
疑問3●減量は平坦になされるか
→平坦でした。多方向からアプローチし吸引してくださったためだと思います。
疑問4●術中の痛み
→静脈麻酔なのでありませんでした。
疑問5●症例写真について
→クリニックの症例写真と同じか、(複雑な形状に対応いただいたという意味では)それ以上のクオリティで処理いただいたと感じま した。取り急ぎ、深く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
投稿者:megaclinic
数学は難解です
数学の話で思い出したことがあります。それは京都大学の1年と2年の時の話です。大学に入って最初の2年間は医学部であっても、医学とはあまり関係のない授業もたくさんありました。体育、英語、ドイツ語、数学、日本国史、などなど、高校の続きのような感じのものも多かったわけです。その中で数学の先生の言葉が今も時々頭に浮かんでくることがあります。当時私たちのクラスを担当されていた数学の先生は、もう京都大学では有名な美人の先生でした。そもそも当時京大構内には女性が少なかった時代で、その中で講師であってもファッション雑誌から飛び出てきたような美人ということになると、授業はかなり難しく、わかりにくい内容なのに、なぜかたくさんの男子学生が出席して講義を聞いているという不思議なクラスでした。その女性の先生がいつかだったかの授業で、この方程式の意味って分かる?多分みんなわからないよねえ、、、。もうじれったいから言っちゃうけど、要するに空間はねじれているのよ。ねじれ。みんなわからないよねえ、、、、とこういう感じの授業だったわけです。今だに空間はねじれているの!という言葉だけが時々頭に浮かんできて、今でもわかりませーんと心の中で回答しています。数学って高度になると宗教なんだか心理学なんだか、わけがわからなくなりますよ、ほんとに。
投稿者:megaclinic
インドと数学と形成外科
先日中学時代の同級生と話すことがあり、ふと数学部というクラブにいたことを思い出しました。中学は同志社中学に行っていましたが、この中学はいくつクラブに入っていても自由にやりなさいというような学校でした。一番頑張っていたのはバスケット部だったのですが、それ以外に週に1回だけ数学部の活動にも参加していました。数学の難問に挑戦とか、ゼロの発見という本をみんなで読んだりしていたのを覚えています。その時に読んだ本のタイトルのとおり、数学ではゼロという概念を発見したというのは実にすごいことだったわけです。この概念が出てきたところがインドだったわけです。実は形成外科の発祥地もインドです。当時インドでは犯罪を犯した人は鼻を切断されるという罰があったそうで、この鼻の再建が始まったのがインドです。形成外科医も数学者もすごい人がインドにいたわけですよね。たしか、数学者の藤原正彦という方が国家の品格だったか何かの本で書いていたことなのですが、彼の知っている国際的にすごく有名な数学者の何人かはインド出身で、とても面白い傾向があるというのです。それは彼が知っているすべてのインド出身の優秀な数学者はみんな出身地がインドのとても美しい場所だというのです。こういう風光明媚なところで生まれて育つというのは数学の頭脳の発達のために大切な要因なのでしょうか?ちょっと不思議な気がします。形成外科もどんな人が鼻の再建を始めたのでしょう?この医師はインドのどんなところで生まれて育ったのか、だれか知りませんかねえ?
投稿者:megaclinic
一番多くのホタルを見た場所
死体解剖のことを書いていて、思い出したことがあります。ホタルです。私が医師になって初めて、死体解剖をしたのは、アメリカのノーフォークにあるイースタンヴァージニア大学形成外科の講習会に参加した時でした。当時筋肉を使った各種の再建手術が始まったころで、形成外科ではそれまでは筋肉はアンタッチャブル、つまり損傷を与えてはいけない組織として教えられていました。ところがアメリカのこの大学の形成外科のマックロー教授がいろいろの筋肉を使用した手術を次々に開発したわけです。顔面神経麻痺の再建や先天性大胸筋欠損による乳房欠損などの再建にも広背筋と脂肪を移植して大胸筋があるようなバストの再建などが始まっていたわけです。こういう新しい手術を勉強したくて、この大学の形成外科の主催する死体解剖コースに参加したことがあります。1週間の講義で、1日はノーフォークのビーチにあるホテルで講義、翌日は大学の解剖学教室に行って、前日に講義で習った手術を何人かの講師が指導する中で実際に死体で練習するという講義です。これを繰り返して1週間勉強するというとても有意義な講習会でした。とても面白い講義で、内容も毎年変更されるので、2年後くらいに再度この講習会に参加したことがあります。その後私自身もいくつか新しい手術を開発して、これを世界の一流医学誌に論文としていくつかの発表をしています。
その後この大学の形成外科のマックロー教授から私の論文も知っていて、手術内容もとても有意義な手術なので、次回のこの講習会に日本から今度は講師として来てくれないか?という招待をもらいました。お世話なった教授なので、喜んで講演も死体を使った指導もさせてもらいますと返事をしました。それでまた1週間ノーフォークのこの大学に行ったわけですが、その時は日本から講師としてよく来てくれた、と教授の家に招いてもらって、夕食にバーベキューを一緒に楽しもうということになりました。招待を受けた時に教授の家のプールで一緒に泳げるように準備をして来るようにということだったので水着をもっていきました。教授と教室の若い医師2名と一緒に教授の家のプールの中でバスケットの試合をしたり、あれこれ楽しんでいるうちに日が落ちて、暗くなっていたのですが、まわりに今までに見たことないくらい多数の小さい光が動くのが見えたのです。これがホタルと気づくまですこし時間がかかりました。そんなにたくさんのホタルを見たことがなかったので、この景色には本当に圧倒されました。またこのあり得ない数のホタルを見たいように思うのですが、ノーフォークというところは海軍の基地があって、あまり観光で行くところでもないので、それ以来ここには一度も行っていません。でも今でも時々あの圧倒的な景色を思い出すことがあります。ノーフォークのビーチにある教授の家は本当に素晴らしい所でした。一緒に食べたバーベキューもとてもおいしかったです。あの時一緒にいた医師たちは今はどうしているのでしょう?
マックロー教授のご自宅のプールで
投稿者:megaclinic
死体を使った手術の研修
日本では長い間大学の解剖学教室での死体解剖はほとんど学生の授業用のものでした。そもそも献体というものが日本では非常に少なく、医師になってからなんらかの研究、あるいは研修などで使用できる献体が日本にはほとんどありませんでした。私自身は、新しい手術方法を過去に3種類開発しているのですが、そういう新しい手術が実際にできるのかどうかという確認を死体を使用して行ったことがあります。この時京都大学の解剖学教室の当時の教授である星野教授に直接頼み込んで死体を使わせてもらったことがあります。この時も一人のご遺体を整形外科の医師と私と眼科の医師の3人が取り合いのようなことになっていて、整形外科の医師は常に研究中なので、絶対に死体の向きを変えてはいけないなど、とてもうるさいことを言われていました。これくらい研究用のご遺体が日本では不足していたわけです。これはおそらく今でもあまり変わらない状況なのだろうと思います。
私自身は大学を卒業してからは何回も死体を使った手術の練習、あるいは研究をすべてアメリカ国内のどこかの大学で経験しています。その後国際美容外科学会の手術を指導する教育委員会の委員やチェアを担当してからも常に死体をつかった手術の指導は外国で経験してきています。若い医師にとっては新しい手術手技を覚えるのに、死体で練習ができるというのは本当にありがたいことなのです。アメリカではジョンズホプキンス大学の形成外科の客員教授もしていますので、時々この大学で医学生や形成外科の若い医師に講義を行っています。ジョンズホプキンス大学でよく経験することは、午前中に私が講義をすると、ランチの時に何人か必ず質問に来る医師や学生がいて、かれらはすぐに午後か夕方に空いている時間があれば解剖教室に行って、講義をした手術を実際にやって教えてくれというようなことがあるわけです。これくらいアメリカでは自由に死体が使えるようになっていて、アメリカではとても献体数が多いという状況になっています。
先日日本形成外科学会と日本美容外科学会(JSAPS)からやっと日本の学会でも死体をつかった講義が始まるというアナウンスがありました。日本の3つくらいの大学の解剖学講座が協力してくれるようです。これは本当にありがたいことで、日本もやっとアメリカや国際美容外科学会などのように死体をつかった講習会などが始まるのだなあと思っています。若い医師にとっては死体で手術の練習ができるということは本当にありがたいことなのです。やりすぎるとこんなところに腸が出てくるとか、肺の損傷はこういう所までメスを入れるとありうるのだなあと実感できることはいい経験になり、合併症を防ぐということではこんな勉強になることはありません。また自分の知らない手術手技を覚えるのにもとてもいいトレーニングになるわけです。日本形成外科学会と日本美容外科学会(JSAPS)は本当に理事の方々や関連した委員会の方々がよく努力してもらったと思います。やっとアメリカやヨーロッパの先進国に遅れをとっていた分野がすこし前進を始めたとすこし安心しているところです。
投稿者:megaclinic
ミシュランのお店でのお酒について
時々ですが、新しいお店ですごくおいしいものを食べたいと思って、ミシュランガイドを見て、あれこれ食べに行ったりしています。やはりさすがというか、ミシュランはすごいお店を選んでいるなあと感心します。料理はほとんどどこでも素晴らしい味で、感動することがほとんどです。ただ、個人的にはすこし物足りないことがあります。お酒です。私自身は日本酒もワインも中華なら紹興酒、時には焼酎でも、おいしいものは大好きという人間なので、お酒が物足りないと、どれほど料理がすごいと思っても、お店としては減点対象にしてしまうのです。おいしいお酒と料理の両方がないと残念!と思ってしまうわけです。
以前北九州の小倉記念病院に6年間形成外科の主任部長として勤務していた時があるのですが、北九州市にはおいしいお寿司屋さんがいくつかあります。当時有名だったお店に天寿司とそのお弟子さんたちのお店がありました。どこもとてもレベルが高く楽しかったのですが、その中で一番おいしいと思っていたお店に光(こう)寿司というお店がありました。このお店の大将はすこしうるさい方で、お酒はビール1本まではいいがそれ以上はだめ、ワインとか日本酒は飲むなというようなお店でした。要するに寿司を食べに来たのか、酒を飲みに来たのか、どっちなんだ!というようなお店だったわけです。お任せでにぎってもらうと、同時に二つ出した寿司はこっちから食べろとか、これは絶対に醤油をつけるなとか、あれこれうるさいお店だったのですが、まあ、これはこれで納得して押しかけていたので、文句はないわけですが、、、。
ただ最近はどうしてもおいしいお酒も一緒に飲みたいというのもあって、料理がとてもレベルが高くても、お酒でいいのがないと、どうして?と思ってしまいます。両方ベストが一番ですよね。私、わがままなのでしょうか?
投稿者:megaclinic