一番多くのホタルを見た場所
死体解剖のことを書いていて、思い出したことがあります。ホタルです。私が医師になって初めて、死体解剖をしたのは、アメリカのノーフォークにあるイースタンヴァージニア大学形成外科の講習会に参加した時でした。当時筋肉を使った各種の再建手術が始まったころで、形成外科ではそれまでは筋肉はアンタッチャブル、つまり損傷を与えてはいけない組織として教えられていました。ところがアメリカのこの大学の形成外科のマックロー教授がいろいろの筋肉を使用した手術を次々に開発したわけです。顔面神経麻痺の再建や先天性大胸筋欠損による乳房欠損などの再建にも広背筋と脂肪を移植して大胸筋があるようなバストの再建などが始まっていたわけです。こういう新しい手術を勉強したくて、この大学の形成外科の主催する死体解剖コースに参加したことがあります。1週間の講義で、1日はノーフォークのビーチにあるホテルで講義、翌日は大学の解剖学教室に行って、前日に講義で習った手術を何人かの講師が指導する中で実際に死体で練習するという講義です。これを繰り返して1週間勉強するというとても有意義な講習会でした。とても面白い講義で、内容も毎年変更されるので、2年後くらいに再度この講習会に参加したことがあります。その後私自身もいくつか新しい手術を開発して、これを世界の一流医学誌に論文としていくつかの発表をしています。
その後この大学の形成外科のマックロー教授から私の論文も知っていて、手術内容もとても有意義な手術なので、次回のこの講習会に日本から今度は講師として来てくれないか?という招待をもらいました。お世話なった教授なので、喜んで講演も死体を使った指導もさせてもらいますと返事をしました。それでまた1週間ノーフォークのこの大学に行ったわけですが、その時は日本から講師としてよく来てくれた、と教授の家に招いてもらって、夕食にバーベキューを一緒に楽しもうということになりました。招待を受けた時に教授の家のプールで一緒に泳げるように準備をして来るようにということだったので水着をもっていきました。教授と教室の若い医師2名と一緒に教授の家のプールの中でバスケットの試合をしたり、あれこれ楽しんでいるうちに日が落ちて、暗くなっていたのですが、まわりに今までに見たことないくらい多数の小さい光が動くのが見えたのです。これがホタルと気づくまですこし時間がかかりました。そんなにたくさんのホタルを見たことがなかったので、この景色には本当に圧倒されました。またこのあり得ない数のホタルを見たいように思うのですが、ノーフォークというところは海軍の基地があって、あまり観光で行くところでもないので、それ以来ここには一度も行っていません。でも今でも時々あの圧倒的な景色を思い出すことがあります。ノーフォークのビーチにある教授の家は本当に素晴らしい所でした。一緒に食べたバーベキューもとてもおいしかったです。あの時一緒にいた医師たちは今はどうしているのでしょう?
マックロー教授のご自宅のプールで