どんどん名医になる話
私が最初に形成外科の指導を受けたのは京都大学病院の形成外科に入局した時です。この時のリーダーは冨士森先生という方でした。当時京都大学では、やけどや外傷、皮膚がん、先天奇形などで、顔などの再建を希望される方が日本中からたくさん京都大学に集まってこられていました。手術の結果がとても美しいので、日本中で有名だったからです。当時京都大学形成外科に治療を希望で来院された場合、どなたにも手術は京都大学でお受けしますが、手術予定は大体3年くらい先になりますと伝えなければなりませんでした。それくらい患者さんが多かったのです。
冨士森先生とはその後ずっと付き合いがあり、ごく最近まで学会などでも会うことが多かったわけです。時々食事も一緒にしたりしていたのですが、最近冨士森先生がよく言われていたことは、歳を取るほどどんどん名医になるなあということです。患者さんの経過を何年も長期に見ることが多くなり、いろいろの経験も豊富になっていくわけです。医師になってすぐの頃は手術直後の結果が良ければ、よくできましたというようなところがあるわけですが、たとえば3年後、10年後にどうなるかということは、なかなか若い医師には見えないわけです。せいぜい3か月後の結果が良ければ安心というようなところもあり、特に子供の手術などでは将来成人になった時どういう問題が出てくるかということは、なかなか実感として浮かばないわけです。手術の経過を3か月くらいではなく、何年も長期に見ていたり、同じ患者さんの成長をみていたりすると、3か月後の結果からは予想ができないような変化が起きてくるということもまれにはありうるわけです。
そういう意味で医師となって同じ患者さんをずっと見ているというのは自分へのフィードバックのようなものなのです。学会や論文などで、新しい手術や治療が次々に出てくるわけですが、私自身も冨士森先生が言っておられたように、こういう治療をしてはいけないとか、将来この患者さんはとんでもないことになるなあなどと思ってしまうことがあるわけです。学会でそういう講演を聞いた時は必ずこんな手術はこういう危険があるなどと必ずかみつくことにしています。そうしないとそこで聞いていた他の医師はおそらく同じ手術をしてみようなどと思うわけですから、危険と思われる治療や手術については私はこう考えるという反対意見は必ず述べるようにしています。うるさい医師ということになりますが、全国の患者さんのために自分のコンピューターが止めなければと思う治療や手術は全力で反対と言うようにしています。歳を取るほどどんどん名医になるといういうのは本当にそのとおりだと思います。長年の経験というのは若い医師にはとてもわからないことだと思います。自分が若い時にはたしかにそうでしたから、間違いありません。